「広葉樹は売れない」を覆し、産業化へ。飛騨市の”常識はずれ”なまちづくり

 

岐阜県飛騨市

#プロジェクトの裏側 #自治体 #林業

家具などの材料に使われるのは、まっすぐで節の少ない大径の広葉樹(※1)。一方、曲がっていたり、節が多かったりする細い広葉樹は、紙の材料であるチップや燃料として使われるのが常識でした。

その常識を覆したのが、私たちが取り組む「広葉樹のまちづくり」です。

飛騨市の94%は森林で、その68%を広葉樹が占めています。地域資源を活用した産業を育み、雇用を生み、まち全体を盛り上げることを目指すこの取組みは、2014年にスタートしました。

木材の価格が高騰し、国産広葉樹を活用する動きが日本国内で広まりつつあるいま、10年以上続けてきたこの取組みに光が当たっています。

「売れない」とされていた小径の広葉樹の産業化になぜ成功したのか。その理由を、株式会社西野製材所の代表取締役を務める西野真徳さん(写真中央)、地域おこし協力隊の松野由季さん(写真左)、そして飛騨市役所林業振興課の砂田貴弘(写真右)に聞きました。

※1 広葉樹とは、平たく幅の広い葉を持つ樹木の総称。樹種が豊富で、葉の形や木の色が多様性に富む。(詳しくは、飛騨市広葉樹のまちづくりHP「広葉樹を知る」をご参照ください。)

チップにするしかなかった、直径26センチ

──最初に、飛騨市の広葉樹について教えてください。

砂田:飛騨市に生えている広葉樹は、胸の高さで直径26センチ程度です。家具などに使うにはサイズが足りず、その多くは紙の材料であるチップとして安価で取り引きされていました。

いかにその価値を高め、次世代につながる産業を育てるかがこのプロジェクトの中心的な考え方です。

──どのように価値を高めているのですか?

砂田:木を切る人(川上)、製材する人(川中)、家具職人や木工作家などの作り手(川下)の連携を強化し、それぞれの視点を共有することで、広葉樹の価値を掘り起こしています

以前は、川上・川中・川下それぞれが独立しており、横の連携はほとんどありませんでした。山で伐採された木は山の土場(※2)で仕分けされ、用材(※3)に向かないと川上で判断されたものは、川中や川下にいる人々の目に触れることなく、チップなどに回されていました。

※2 伐採した木材を一時的に集積する場所。

※3 建築や家具などに使われる木材のこと。

円卓会議から始まった川上〜川下のつながり

「飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアム」の起源となった円卓会議の様子

砂田:そこで、2020年に立ち上がったのが「飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアム」です。円卓会議から始まったこのプロジェクトチームには、川上・川中・川下のプレーヤーが参加しています。

西野さん:円卓会議では、それぞれのプレーヤーが一つのテーブルを囲み、顔を突き合わせました。円卓会議一つで関係者がまとまったといっても過言ではないかもしれません。

これを起点に意見交換の場が広がり、作り手の皆さんや我々製材所が、山の現場にいる人たちに直接要望を伝える機会が増えていきました。

砂田:これにより、これまでチップに回されていたような木でも、作り手の目線で見れば、実は十分に使える木だったという気づきが生まれるようになりました。その結果、チップに回される木が減り、用材として売れる木が増えていったのです。

曲がった木に見出した、新たな使い道

──「これまでチップになっていたような木」とは、具体的にどのようなものなのでしょう?

砂田:曲がっていたり、節があったりする木です。一般的には、まっすぐで太く、節のないものが「良い木」とされてきました。私たちの感覚では、むしろ節があるからこそ、その木ならではの個性が見えて面白いのですが……。そうした価値観は、これまであまり浸透してこなかったように思います。

しかし、実際には、そうした木にも使い道はたくさんあります

──どんな使い道でしょうか?

西野さん:例えば、曲がった木は家具作りには向かないとされてきましたが、短く切ることで反りが目立たなくなり、椅子の部材として使えるようになります。

──反対に、曲がったまま使いたいという需要はないのでしょうか?

西野さん:ゼロではありません。ただ、木材は天然乾燥させる必要があり、実際に売れるのは一年後です。不良在庫を抱えるリスクから、曲がったまま使うことを前提にした木材はこれまで積極的には扱ってきませんでしたが、作り手の需要を踏まえながら少しずつ扱うようになっています。

需要に向き合ってつかんだ「売れる」糸口

砂田:もっとも、プロジェクトを立ち上げた当初は、そうした需要と供給のマッチングが簡単ではありませんでした。

西野さん:最初は、思うように売れませんでしたね。寒冷地である飛騨市の広葉樹は、年輪が細かく、良材であることに間違いはありません。でも、いくら我々が「良い木」だといっても、買う人がいなければ商売は成り立たないのです。

光が見えてきたのは、2020年。プロジェクトが始まって6年ほど経ち、一人目の地域おこし協力隊として及川幹さんが参画した頃です。

砂田:及川さんは、広葉樹活用コンシェルジュとして、需要と供給をつなぐ営業の役割を担っていました。川上・川中・川下のあいだに立ち、山や製材所を作り手に案内しながらその需要に向き合い、少しずつ取り引きにつなげていきました。

関連記事:「広葉樹の森と人間の関係性の最適解を探求する。

仕分け職人の技を伝承し、効率化へ

原木を樹種やグレードごとに仕分ける様子

砂田:このように、川上・川中・川下をつなぐ拠点となったのが、株式会社柳木材が中心となって整備した中間土場です。

中間土場では、作り手が選びやすいように原木を細かく仕分けする仕組みが築かれています。その仕分けを担っているのが、柳木材の柳和憲さんや、松野由季さんです。

──松野さんは、地域おこし協力隊としてどのような役割を担っているのですか?

松野さん:柳さんのご指導のもとで原木の仕分けを行いながら、より効率よく仕分けができる仕組みづくりに取り組んでいます。

砂田:山で伐採され、中間土場に下りてくる原木の量が増えてきたことで、よりスムーズに仕分けを行う体制が求められるようになりました。今後さらに多くの原木を受け入れていくためにも、松野さんを中心に仕組みづくりを進めています。

──その「仕分け」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?

松野さん:仕分けは

・どの事業者が伐採した木か

・どの山から出た木か

・樹種は何か

・グレードはどれか

という4つの軸で行っています。

原木を持ち込むのは、飛騨市森林組合のほか、民間の事業者が2社。あわせて3つの事業者、7つの現場から木が下りてきます。そこには1つの現場から約10種、年間でいうとおよそ30種類の樹種があり、さらに7段階のグレードに分けられています。

飛騨市の森に磨かれた、製材技術が土台に

──そうして仕分けられた木を、西野製材所で製材しているのですよね。一本一本に個性がある広葉樹は、扱いが難しいとも聞きます。広葉樹に特化したのは3代目である西野さんの代からと伺っていますが、どのように技術を培ってきたのですか?

西野さん:確かに、広葉樹に特化したのは私の代からです。ただ、先代の頃から地元の広葉樹と針葉樹の両方を扱ってきており、技術自体は受け継がれてきました。

もっとも「特化させた」というよりも、自然とそうなっていったという感覚に近いですね。飛騨市の広葉樹は、地域みんなの大切な資産です。それをただ眠らせておくことはできませんでした。

受け継いだものを切りながら、次の世代へと受け継ぐように育てていく。その意識が、ずっと根底にあります。使うことも大事ですが、次の世代に残すこと、育てることも、同じくらい大切だと考えています。

砂田:基本的に、飛騨市では広葉樹を植えなくても、自然と生えてくる環境があります。シカが多い地域では苗木を食べられてしまうこともありますが、雪の多い飛騨市はシカが少なく、広葉樹が育ちやすい条件がそろっています。

ただし、自然に任せておけばよいというわけではありません。次の世代の広葉樹がきちんと育っているかを確認し、見守っていくことが欠かせません。

受け継がれ、受け継いでいく広葉樹の循環が、製材技術を磨き、プロジェクトの土台を支えているのですね。

西野さん:川中である私たち製材所に限らず、川上・川下それぞれに広葉樹を扱えるプレーヤーがいたことも「広葉樹のまちづくり」プロジェクトがスムーズに立ち上がった大きな理由です。

──なぜ、そうしたプレーヤーがそろっていたのでしょうか?

西野さん:広葉樹がある環境そのものが、自然とそうしたプレーヤーを育ててきたのでしょう。

一方で、プロジェクトを立ち上げる土壌は整っていたものの、前進するなかでボトルネックは次々と現れました。そうした課題を埋めていったのが、及川さんであり、松野さんです。川上・川中・川下にかけて木が自然に流れていくように、その時々で手を加えながら進んできました。

始動から10年超、変化する「良い木」の価値観

樹種によって色合いが異なる広葉樹の特徴を生かした名刺入れ

──プロジェクトが始まり、川上・川中・川下の連携が強化されたことで、需要と供給が溶け合い、産業として成長していったのですね。10年以上が経ったいま、需要そのものが変化している実感はありますか?

西野さん:これまで好まれなかった節も、今では少しずつ受け入れられるようになってきました。節を含め、より自然な木の表情を生かした商品開発が進んでいる、という実感があります。

例えば、さまざまな種類の広葉樹を組み合わせて作ったテーブルがあります。広葉樹は樹種ごとに色合いの特徴があり、黄色や白、赤など実に多彩です。色合いを生かしつつ、節もあえて取り入れています。それぞれの違いを感じ取れることも面白さの一つです。

同じ山で取れた、同じ樹種でも、一つひとつ表情が異なるのが広葉樹です。まったく同じものは、二度と作れません。

まさに一点ものですね。多様化が進むなかで、消費者目線でも、一点ものの家具の価値が高まっているように感じます。

西野さん:手間がかかっている分、安くはないですよ。むしろ、安くないからこそ、一点ものとしての付加価値が生まれるんです。

家具が高く売れれば、木も高く買ってもらえるようになる。良い木が高く売れる場所には、また良い木が集まってくる

飛騨市には広葉樹が豊富にあるとはいえ、資源は有限です。

私は、このプロジェクトを飛騨市の中だけで完結させるのではなく、全国に広げていきたいと考えています。だから、これまで企業秘密とされてきた製材技術も、他の地域から求められれば伝えますし、ときには現地に赴くこともあります。年に一度、Hidakuma(ヒダクマ※5)主催の「広葉樹のまちづくり学校」で講師をしていますが、一回ではなかなか覚えられませんからね。

※5 「株式会社飛騨の森でクマは踊る」の略称。森のものづくりを舞台に、クリエイターや設計士と事業者をつなぐハブとして広葉樹の価値を広めている。

関連記事:「飛騨の街全体で広葉樹や森の恵みがつながっている。FabCafe Hidaが地域や森を考えるきっかけへ

各地にお弟子さんがいるんですね。

西野さん:そういうわけではありませんが(笑)。良い材が出ると情報をくれるので、それを見に行きがてらですよ。

技術者だけでなく、行政職員の方もおみえになるとか。

砂田:人工林を中心とした林業のあり方に限界を感じている自治体は少なくありません。他方で、広葉樹の活用に本格的に取り組む事例は、全国を見てもほとんどないのが現状です。

そうしたなかで、川上・川中・川下をつなぎながら広葉樹を産業として育ててきた飛騨市の取組みは、一つの先行事例として受け取られているのかもしれません。

木が集まり、人が集まる。描く未来の循環

──これまで自然と取り組んできたことが、結果的に時代と重なり、飛騨市はいわば広葉樹の先進地となっているのですね。お三方がそれぞれの立場から描く未来をお聞かせください。

西野さん:繰り返しになりますが、広葉樹が高く売れる場所としてのブランドが築かれれば、他の地域からも木が集まり、産業はさらに盛り上がり、雇用が生まれます。実際、製材所は我々1社だったところから、このプロジェクトを機に2社に増え、雇用も進んでいます。

▼ 2社目の製材所、やまかわ製材舎のインスタグラム

https://www.instagram.com/yamakawa.sawmill/

こうした雇用が広がれば、松野さんのような地域おこし協力隊の方も、飛騨市に住み続けてくれるかもしれない。食い扶持がなければ、帰ってしまいますよね。

飛騨市にいる次世代が、ここで食べていけるように、生きていけるように。その土壌をつくることが、我々の使命だと思っています。

人がこのまちに住み続けてくれることほど、嬉しいことはありません。

砂田:西野さんがおっしゃった通り、木が集まり、さらに人が集まるまちにしていきたいですね。現在、この取組みを飛騨地域全体に広げていこうという声も増えています。

プロジェクトを起点に人が集まり、まちづくりの舞台がさらに広がっていけばと思います。

理想は、まちの至る所に広葉樹があり、広葉樹について語れる人が増えていくことです。

松野さん:広葉樹と針葉樹の違いを知らない人も、意外と多いんです。だから、広葉樹や、山そのものの魅力を、もっと広めていきたい

山への興味をきっかけに飛騨市を訪れる人が増え、雇用につながるような循環が生まれたらいいなと。遠い未来には、このまちに林業の学校や幼稚園ができて──。

私自身、自然豊かな場所で幼少期を過ごしました。森から人生を教わり、自然に愛情をもらって育ってきたからこそ、今度はそれを返していこうと決めています。

私が死ぬまでに、ゆりかごから墓場まで、そうした広葉樹の循環をつくることが夢です。

広葉樹って、面白い!

──では最後に、広葉樹の魅力を改めてお願いします。

松野さん:広葉樹って、人間みたいなんですよ。

広葉樹には、節もあれば穴もある。小動物が開けた穴、虫が歩いた痕跡──生きてきた証が残っています。節の位置も、人間のほくろみたいに、すべて違う。住む場所や生きる環境によって、個性が育っていくんです。

その個性が、人間の個性と重なって見えて、今の時代に求められている価値観とも通じるものがあると感じています。

以前は木の価値を下げるものだった「違い」こそが、広葉樹の一番の面白さなんです。

まとめ:つながり、広がる。広葉樹のまち

広葉樹の産業化に成功した理由は、川上・川中・川下が連携し、それぞれの視点を持ち寄ってきたことにあります。作り手の意見を取り入れながら、「売れない」とされてきた広葉樹の価値を見直し、対話を通して販売の仕組みを築き、森へ還元してきました。

こうした取組みと、個性に光が当たる時代背景が重なり、一つひとつ異なる表情を持つ広葉樹は、これまでの基準では測れない価値を持つ存在として再評価されるようになっています。

飛騨市で続いてきた「広葉樹のまちづくり」は、そうした時代の変化と呼応しながら、広葉樹の潜在的な魅力を価値に変えてきました。そして、その活動は飛騨市だけにとどまらず、地域外へと広がりを見せています。

飛騨市広葉樹のまちづくりHP

https://hidatsumu.com/

お問い合わせ先

飛騨市役所 林業振興課

住所:〒509-4292 岐阜県飛騨市古川町本町2-22

TEL:0577-62-8905

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インタビュイープロフィール(順不同)

西野真徳

(株)西野製材所 代表取締役社長

高校卒業後、名古屋市の製材所に就職したが父親が急逝したため、1年で退職し家業を継ぐ。飛騨産広葉樹製材品を地元家具メーカー等の家具業界に供給している。

10年前から飛騨市広葉樹のまちづくりに取り組み、2020年に飛騨市広葉樹活用推進コンソーシアムを設立。川上から川下までの広葉樹取り扱い業者や行政を含むこの組織の会長を務める。

松野由季

飛騨市地域おこし協力隊

京都府京田辺市出身。短期大学卒業後、大阪府の工務店にて個人宅リノベーションの営業・設計に従事。退職後、奈良県にある職業訓練校の家具工芸科にて1年間、木のものづくりを学ぶ。職業訓練校在学時、飛騨地域で山の木々が家具になるまでの工程をたどるツアーに参加。それをきっかけに国産広葉樹に興味を持ち、縁あって2025年5月に地域おこし協力隊に着任。現在は、飛騨の広葉樹が集まる中間土場(原木市場)の流通効率化に向けて活動している。

砂田貴弘

飛騨市役所農林部林業振興課主査

岐阜県飛騨市出身。地元の高校を卒業後、2010年飛騨市役所に就職。スポーツや観光、政策企画、道路管理等のさまざまな行政経験を経て2023年より林業振興課にて広葉樹のまちづくりに携わっている。