INTERVIEW
Leader's Voice

Interview
齊藤 隆 会頭
中央紙運輸株式会社 代表取締役社長



齊藤会頭 9年間、副会頭として杉本前会頭の下で商工会議所活動に取り組んだことで実感した、人手不足対策を重点に取り組んでいきます。働き方改革が進められている中での人手不足対策は難しいのですが、例えば、短時間労働も労働力として取り込んでいけるような勉強会などを開きたいと思っています。デジタル化についても、これまでにいろいろな部会をまたいで勉強会を行ってきましたが、中小企業はなかなか導入まで至ることができない状況です。しかし、もう導入していかないといけない時代ですので、会議所が初期段階の支援を行っていきます。
そのため、会議所の事務局もデジタル化を進めます。例えば、常議委員会の資料や各種書類を全部デジタル化していきながら、その様子をみなさんに発信して、このような点がうまくいきました、このような点に苦労しました、といったリアル感を示していきたいと思います。

齊藤会頭 岐阜県駅が完成する約10年後までに、市と一緒に活用方法を検討していきます。名古屋までは10数分で行けるようになり、これは今の名古屋駅からでいうと、中央線なら大曽根駅まで、東山線なら池下駅までの時間です。そう考えると、中津川にいながら名古屋圏の都市サービスを十分、享受できることになるのです。
定住人口が増える政策を打ち出せるように、市と連携しながら住みたくなる方策を検討しています。定住人口が増えて分母が増えれば、たとえ名古屋に働きに行く人が多くなったとしても、労働人口の分子も増えるはずです。長期的な話になりますが、今から商工会議所としても活動していきたいと考えています。そのためにも、短時間労働などの働く条件を変えたり、デジタル化を導入したり、企業の変革を間に合わせたいと思います。
齊藤会頭 非常によく働いています。地域の特徴かもしれませんが、すごく真面目です。女性も力になっていまして、弊社では、40台ほどのトラックを管理する配車部門で、男性1人と女性2人が担当しています。以前、当所では女性活躍委員会を設置していましたが、女性の活躍は当たり前のため、廃止しました。
また、商工会議所の経営支援員に女性を増やそうと考えています。相談に来られる方の半分ほどが女性ですから、女性目線で応援できることもありますし、違う見方ができるのではないかと期待をしています。
齊藤会頭 商工会議所では、観光も含めた商業支援として毎月第1日曜日に「中山道中津川宿 六斎市(ろくさいいち)」を開催しています。おいしいもの、地域の特産品、マルシェ、パンまつり、音楽イベント、ペットが集まる「わんにゃん道中膝栗毛」など、いろんなジャンルのイベントを行い、歩行者天国になる新町通り本町通り一帯が毎回、多くの人で賑わいます。継続は力なりで、2008(平成20)年から180回以上開催していますが、今は委員会をつくり、いろんなアイデアや地域の声も聞きながら、月ごとにテーマを決めて続けています。
以前は商工会議所が主導でしたが、最近は地元の商店街やいろんな団体さんが自主的に取り組んでくださるので、地域経済の活性化につながっています。
ピンクリボンのイベントもたくさんの方が集まるということで、検診車が来てくれたり、スタンプラリーには子ども連れの家族が多かったり、JR東海さんが六斎市に合わせて坂本駅から苗木城までのコースで「さわやかウォーキング」を開催されたり、盛り上がっています。

六斎市
齊藤会頭 苗木城は私もお客さん連れて行くことがありますが、上からの景色にほぼ100%喜んでいただけます。下りてきてからお土産の購入やお茶一杯でも飲めたら、もっとリピーターは増えると思います。2026(令和8)年は苗木城築城500年で、イベントが開催される予定です。
また、苗木城の南辺りをリニアが通ります。木曽川を渡る時は筒状のトンネルの中を走り抜けるようなので、トンネルが透明にならないかな、と(笑)。そうすると苗木城からリニアが走る様子が見えるじゃないですか。最近、JR東海さんには、地域開発にも一緒に取り組んでいただています。中津川駅の待合室と物産コーナーのリニューアルや、栗きんとん「ぴよりん」の販売など、他企業とのコラボも積極的です。
齊藤会頭 私は中津川生まれ中津川育ちです。生まれた場所が製紙工場の社宅で、産婆さんに取り上げていただいたので、生まれた時からずっと紙と共に育ちました。東小学校と第一中学校に通い、毎日「勉強しろ」と怒られながらも川で遊んでいる・・・、そういう時代でした。高校は中津川から多治見北高校へ通っていました。
ちなみに、あの頃、走っていた北恵那鉄道は今も残っていれば・・・、と思います。黄色と緑の車両で、いい色の電車でした。商工会議所で毎年、卓上カレンダーを作るのですが、北恵那鉄道をテーマにした年は、大人気でした。
齊藤会頭 大学で東京へ行き、10年ほどいました。父親の事業は兄が手伝っていたので、私は岐阜に帰るつもりはなく、非常に楽しく生活していました。就職は紙を扱う商社だったのですが、入社したのがオイルショック後の昭和52年。最初に紙の卸商のお客様を30社ほど担当しましたが、いく先々で「オイルショックの時にあなたの会社に取り引きを切られたので、おたくとは取引しないよ!」と言われてしまいましたが、それでも毎日通っていたら人情が湧いたのでしょうか「かわいそうだから少しずつ売ってやる」となり、取引をしていただけた経験があります。それが今の仕事に継がっています。
齊藤会頭 父の会社に転機があり、「お前は仕事はできないが、信用できる。最後の孝行のつもりで手伝ってくれ」という父に言われて岐阜に戻り、最終的に私が会社を経営することになりました。
齊藤会頭 岐阜に帰ってきてからも、東京の友達のところへ行き来していると、中津川から東京までそれほど遠くない、という印象になりました。また、中津川は昔から製紙業や製糸業、金属機械など、ものづくりのまちでした。今も工業出荷高が岐阜県内で4位です。子どもの頃に思っていた田舎から、大人になって工業都市とわかり印象は大きく変わりました。
齊藤会頭 昔から大きい工場やいろいろな企業があったおかげで、人を受け入れる素地があります。来るものは拒まない雰囲気があり、閉鎖的ではありません。最近は少なくなりましたが、無尽文化が根付いていて、いいも悪いも情報が行き渡りやすい地域です。中津川が宿場町だったこともあり、昔から情報収力があったのではないでしょうか。
中津川宿には、水戸の天狗党が中津川宿に寄った話、長州藩士の桂小五郎をかくまった話、長州藩の中津川会議が行われた話など、日本を動かした歴史と関わる話題があります。大火がなかったため、古文書が大量に残っていることも特徴です。日本にペリーが来た数日後にはすでに、中津の町の人たちが知っていたことからも、非常に早く情報が入ってきた土地柄だったようです。絵の文化もあり、前田青邨の誕生の地ですし、今なら漫画家の伊藤潤ニさんや絵本作家の村上康成さんもいます。
齊藤会頭 岐阜県の中でも特に東濃には地歌舞が残っていて、中津川では昔から地歌舞を育てようと、企業が応援しています。衣装も本格的ですし、びっくりするぐらい上手です。県にお声がけいただいて海外で披露することもあり、鵜飼、関の孫六、飛騨牛といった要素を入れて、現地の言葉で演じると、とても喜んでいただけるようです。
齊藤会頭 令和15年の伊勢神宮の式年遷宮に向けて令和7年に、御神木を伐り出す「御用材伐採式」を付知町で行いました。今回、初めて中津川市として関わらせていただきました。式自体は伊勢神宮が全て仕切ってくださるのですが、それに付属するお祭りに、多くの企業から協賛いただけました。これからまだいろいろ行事があるようなので、私たちも応援していきたいと思います。
このように、行事やイベントのほか、地震被災地への義援金にも、あっというまに企業から寄付が集まる気風があります。会議所関係のほか、JC、ロータリー、ライオンズなどもみなさん、公共的な活動に関してはきちんとやろうという、気質があります。きっと、昭和7年に起きた「四ツ目川大災害」に、全国から寄付金が集まった恩義を忘れていないからかもしれません。
齊藤会頭 会頭に就いてから少なくなりましたが、ゴルフをしています。あとは、あまり人には言っていませんが、落語とライブが趣味です。高座に出かけるのが好きなのですが、この辺りは少なくて。それでも好きな落語家、特に立川志の輔さんや桂二葉さんが来れば聴きに行きます。東京はふらりと行っても落語を聴くことができる環境なので、出張があって時間が取れれば聴きにいきます。午後からまるまる時間ができた時は、定席の浅草演芸ホールや新宿末廣亭で長い時間、落語を楽しんでいたこともあります。
落語が好きな先輩が、落語会をやることはたまにありますが、中津川で落語を聴くことはほぼないですね。県内なら「可児市文化創造センター ala」で、正月と夏に関西と関東の落語家を呼ぶ「可児寄席」がありますし、岐阜市で開催する「策伝大賞」の翌日に開催する「春待ち二人会」には行ったことがあります。
齊藤会頭 JCの理事長をしていた時に、月に何回か100人ぐらいの前で話をしないといけなくて。どうやったら人をひきつけることができるだろうかと、ヒントを見つけるために古今亭志ん生さんのCDを買って聞き始めたら、はまってしまいました。だから、最初はCDで聴いていたのですが、高座を聴いたら全然違って、おもしろくなってしまいました。
齊藤会頭 高座を聴いているうちに、音楽ライブも聴いてみようと行ってみたら楽しくて。名古屋にサザン、ミスチル、ドリカム、ユーミンが来る時はほぼ聴きにいきます。行きたいライブが土日にあったら、関東関西まで足を伸ばすこともあります。最初は私の付き合い程度だった妻も好きになってくれて、一緒にライブを楽しんでいます。
齊藤会頭 岐阜県は約10年後にリニア新幹線が開通すると、各地へのアクセスが格段に良くなります。きっと、岐阜県の明るい話題が非常に増えていくでしょう。それに向けて、今からいろんなチャレンジをして、いろんなことをやってもらいたいなと思います。江崎知事もおっしゃっていましたが、リニア新幹線によって、課題となっている東京一極集中を分散させる、いいモデルケースとなるのではないでしょうか。
若い方が「中津川駅」前でお店を新しくオープンするなど、まちづくりを頑張っています。自主的な取組が非常にありがたく、さらにもっと、10年後を見据えていろいろチャレンジしてもらいたいと思います。
■中津川商工会議所
〒508-0045 岐阜県中津川市かやの木町1-20
TEL.0573-65-2154
FAX.0573-65-2157
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