「情報」をキャッチすることも発信することも大切。日本の中心地にある羽島の良さをもっとアピールしたい

羽島商工会議所 高木豊会頭

羽島商工会議所 会頭
高木 豊 さん

(福寿工業株式会社 代表取締役社長)

変わる羽島、情報を共有することで羽島の良さが知られていく

-- 商工会議所さんが市の活性化のために取り組んでいる事業を教えてください。

高木会頭 製造業、サービス業、運送業や建設・土木業を含め、あらゆる業種の問題点に人手不足、後継者不足があります。そこで、これからどのような形で後継者へ渡すのか、もしくは、会社そのものを存続させるためM&Aで譲渡するのかについてや従業員の確保など、そういったことに我々が少しでも支援ができればと考えています。また、自然災害やコロナのようなことが起きた時に対応できるよう、事前にBCPの作成を支援することも考えています。そのほかにコロナ融資の返済財源の確保、新たな生活スタイル・消費者ニーズへの対応など、多くの問題点を我々で解決できればと思っています。

そして、11月に開催する「ぎふ羽島駅前フェス」という、新幹線駅前を歩行者天国にして大勢の家族に来ていただけるイベントがあるのですが、ここに企業展エリアを設け、羽島市内の会社さんに出展していただき、自社をPRしています。

羽島商工会議所 高木豊会頭 対談

-- 羽島市に対する想いや将来像についてお聞かせください。

高木会頭 日本全国、徐々に人口が減っていくことが予想されていますがなるべく人口を維持し、さらには増やし、しいてはまちを活性化したいという思いがあります。その点では、羽島には新幹線駅もありますし、すぐそばに高速道路のインターチェンジもあります。多分、新幹線駅と高速道路のインターチェンジが隣接している地域はあまりないのではないでしょうか。そのため、人の暮らしや流通に関しては非常に有利です。実際、物流関係の運送会社がどんどん羽島にきていますし、これからも増えるのではないでしょうか。

最近はトラックドライバーの時間外労働時間の上限が規制されるため、拠点を設けて輸送する方法が考えられています。そうすると、羽島は日本の中心地にあるので、拠点を置くにはちょうど良い場所になります。便利がいいのに土地が安いんですよ。名古屋に住もうと思ったら、羽島で広い土地を買って大豪邸を建てられるのではないかと私は思います。運賃はかかりますが、新幹線に乗ったら名古屋まで10分。高速道路だったら名古屋まで30分。近隣にスーパーがあり、コストコもあり、今後どんどん人口が増えれば、一層便利なまちになるでしょう。

その関係もあって、最近は岐阜羽島駅の周りに住宅がどんどん増えています。小学校は校舎が増えるほど。昔は田んぼだらけの地域でしたが、農業を継ぐ人が少なくなり、田んぼだった土地が売られたり貸し出されたりして景色が一変しました。

-- なぜここまでまちの景色や様子が変わったと思われますか。

高木会頭 「情報」だと思います。情報をいかに早くキャッチするか、もしくはもっている情報は必ず発信することが大切で、みんなが情報を共有することによってさまざまなことが生まれると思います。いい情報を共有できれば、必ず人は動きますので、まだまだ活性化できる要素は十分あると思います。

-- 企業誘致はいかがでしょうか。

高木会頭 松井市長もたくさん企業や人を呼び込みたいとおっしゃっていますし、規制がクリアできれば、今後もさらに企業が増え、人も増え、物やお金が動き、好循環が生まれていくと思います。

「ぎふ羽島駅前フェス」で挨拶をする高木会頭
「ぎふ羽島駅前フェス」で挨拶をする高木会頭
ぎふ羽島駅前フェス
ぎふ羽島駅前フェス

当時の父との会話が勉強に。今の力につながっている父の存在

-- 高木会頭はどのようなお子さんだったのでしょうか。

高木会頭 いやーな子どもだったと思います(笑)。小さい頃、母から「あんたは次男やから」と、昔ながらの考えで跡取りは長男だと言われて育ったので、あまり外に出過ぎてはいけないと思っていました。そう思いながらも、写真を見ると、いつもおちゃらけた顔をして、かしこまった写真はあんまりないんですよ。変な格好して写っていたり、ちょっと面白い感じだったみたいです。今は父が設立した会社を兄が継ぎ、次男の私は祖父の会社を継ぎました。

-- 差し支えなければ、おじいさんの会社を継がれた理由を教えてください。

高木会頭 うちの祖父と父は顔を合わせれば、喧嘩をするような仲でした。父は父の思いがあって祖父の会社とは別の会社「不二精工株式会社」を立ち上げましたが、祖父が亡くなった後、紆余曲折あり、私が24歳の時に父と一緒に「福寿工業株式会社」に入ったことがきっかけになります。「なんで俺が?」という思いもありましたが、私にとって父は怖い存在だったので、父の言うことを聞いて一緒に会社を運営することになりました。

-- お父さんはどのような存在でしたか?

高木会頭 父はどんな人にもお説教をするような人で、豊田章一郎さんにも苦言をしていました。「トヨタは車種が多すぎるわ。名前もわからん」と。私も車種の名前を覚えるのが大変だったので間違ったことは言っていないのですが、中小企業のおやじがずけずけと大企業の社長に物を申すという、怖い存在でした。さらに私は「お前はバカだ。間に合わなんだらクビにするぞ、やめさせるぞ」と言われていまして、それは父なりの教えだったのでしょう。毎日、緊張感に包まれていました。

父に話をすると「それはどうなっとるんや、それはどうなんや」というように、話せば話すほどどんどん深掘りされ、中途半端な考えで話はできなかったのです。父と話をする時は、1週間から10日かけて、何をどうやって話そうか、多分、こういう質問がくるよな、それをこう答えると、次はこういう質問がくるなと、将棋のように次の一手を用意していきました。とことん準備していけば「こいつ分かっとるな、ちゃんとやっとるな」と思ってくれたようです。

-- お客さんとの会話にも役立ちますね。

高木会頭 お客さんとの打ち合わせ前には、どのように話をするか、どのように答えるか、いろいろなことを想定して全部用意していくようになりました。父から教育らしい教育は受けていませんが、知らず知らずのうちに、勉強をして、考えることが身についていました。また、父からは「評価は相手がするもの。相手に認められてこそ、本物だ」と言われました。その結果、お客さんから信頼をいただくことができました。それはもう、父の存在のおかげだと私は思ってます。

-- 強く言われても逃げ出さなかったのですね。

高木会頭 実際、自分でも「俺は間に合わん」と思っていましたから、成長したとしても、もっと上には上がいます。間に合わないから叱られて当たり前だと長年、思っていました。そういう意味では、私はひねくれ者ではなかったようです。小さい頃も素直で、結構、可愛げがあったようです。私、小さい頃はめちゃめちゃかわいかったんです、顔が(笑)。あの父が「お前はかわいいからどこへ連れていっても自慢できた」と言っていました。反対に兄は小さい頃、不細工だったのに、小学校の高学年ぐらいから急に変わったんですよ。身長が伸びると同時に、鼻もすっと伸びて男前になったんですよ。今、兄弟で一緒にゴルフへいくと、キャディーさんから「いいですね、親子で(私が親で、兄が息子(笑))」と言われます。

周りの人たちのことを考えること、先祖を大事にすることで全てがうまくいく

-- 高木会頭の経験をふまえて、若者にメッセージをいただけないでしょうか。

高木会頭 若い人には頑張っていただきたいと思います。自分のことも大事ですが、周りの人のことを考えられる人間になって欲しいと思います。人が喜ぶことや人のためにやれることはないか、と考えられる人になって欲しいと思います。そうすると、夫婦関係も、親子関係も、会社も全てがうまくいくと思います。

「人に何かをしてあげたいと思ったら、余裕がないとできない。そのために自分は頑張るんや」と、父から言われました。頑張って余裕をつくって、人のためになにかをするのが人間だということです。思えば、私は小さい頃からそれができていたのかな、と思います。福寿小学校時代、クラスの子を大事にしながら6年間、授業を受けました。先生も私に頼ってくれていて、授業中、教室を抜け出してグラウンドで一輪車で遊んでいる子を教室に戻して欲しいとお願いをされた時は、その子のそばに行って「僕も遊びたいわ。だけど今、授業中やで一緒に教室に戻ってもらわないと僕、困るで」と言うと、「君が困るならあかんな」と言って一緒に手を繋いで戻ってきてくれました。多分、他の子が連れ戻そうとしたら叱ると思います。中学や高校では、友達同士が喧嘩しているところを私が「まあまあ」と言うと、なぜかすっと喧嘩をやめてくれました。自分自身が争いごとが嫌いでしたし、「お前が言うならやめとくわ」という感じでした。

-- やはりお父さんの存在は大きいのでしょうか。

高木会頭 そうですね。あと父からは「先祖を大事にしろ。墓参りは先祖のためと思ってやるなよ、自分のためや」とも言われていました。母が病気で早くに亡くなっていますので、お参りはしていましたし、結婚して子どもが生まれた後は月命日に家族みんなでお墓参りをしています。時々、アイデアがふっと思いつくことがあると、見えない力が働いているのでは?という気がします。周りの人たちのために何かをする、先祖を大事にする、困っている方に優しくする、みなさんで一緒になんとかしましょうという考えは自分のためにもなり、自分のレベルアップにもつながるのだと思います。

■羽島商工会議所
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