可児市役所

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冨田成輝 市長

全国山城サミットの開催や光秀の生誕地として可児(かに)の名前を知ってもらう千載一遇のチャンス

誇りに思える歴史がある市の知名度を高めたい

―― 可児市の観光戦略についてお聞かせください。

冨田市長 当市は丘陵部の住宅団地開発で爆発的に人口が増え、企業誘致も順調に進んできました。行政としては急増する人口に対応して、道路、学校を作るなどハード整備を重点的に進めてきました。一方で、価値の高い歴史があるわけですが、観光を全面的にアピールしてきたわけではありません。昔は、名所旧跡、遊園地、温泉などがないと観光ではないというイメージでした。その意味では、当時の視点における観光資源はないということで、観光よりもインフラ整備に力を入れてきた歴史があります。

私が市長になったとき、すでに作られていた総合計画では、可児市の資源を生かして観光を進めますと書かれていました。その資源が、花フェスタ記念公園、道の駅「可児ッテ「CANITTE」」、文化創造センター アーラでした。観光という漢字は光を観ると書きます。そのまち一番の光を見てもらうことです。当市の重要な光は、歴史です。しかし、住民の7割近くは外から来た人ですから、住民もふるさとの歴史を知らないわけです。そこで教育委員会とも話をしながら観光グランドデザインを策定しました。その中でも10か所ある山城跡、焼物の志野、織部の聖地であること、歌川広重の木曽海道六十九次に描かれた木曽川左岸の3つに大きく光を当てることにしました。この3つの共通点は、市民が誇りに思っている場所です。誇りに思う場所を磨いて、自分たちで楽しめば、外から人が来てくれるという戦略を立てました。

それが6年ほど前のことでした。現在は、まだまだ進化の途中ですが、来ていただいて恥ずかしくないレベルになったと考えています。ようやく形になってきたと思えるタイミングで、11月9、10日に当市で「全国山城サミット可児大会」が開催されることになりました。来年の1月からは大河ドラマ「麒麟がくる」で主人公として描かれる明智光秀の生誕の地ということで注目を集めることになります。また、弥生時代の銅鐸が掘り出されていて、飛鳥時代から朝廷とのつながりがあり、当市で一番古い歴史がある久々利地区の城跡整備活動が、5月に都市景観大賞2019の国土交通大臣賞を受賞しました。よい流れが続いていて、当市の名前を多くの方に知っていただける千載一遇のチャンスです。これをうまく生かしていきたいと考えています。それというのも、当市は残念ながら可児(かに)と呼んでもらえないぐらい知名度が低いです。

地域住民、行政、企業の協働によるまちづくりが評価され国土交通大臣賞を受賞

―― 可児(かに)と呼ばれずに、どう呼ばれることが多いのですか?

冨田市長 “かじ”と“かご”が多いです。可児の児は児童の“じ”であり、鹿児島の“ご”なのです。小児科の“に”であることに気づかれないことが多いようです。当市の名前である可児については、どうして名付けられたのかと聞かれることも多いです。飛鳥時代の677年に「加尓(かに)」と書かれた古い記録が残っています。“かに”と呼ばれるようになったいきさつは諸説あります。御嵩町の願興寺のお薬師様が蟹の背中にのってきたとこから呼ばれるようになったという説があります。昔はものが曲がっていることを“かね”と呼んでいました。可児川はぐねぐねと曲がっているので“かねがわ”といい、それがなまって“かにがわ”になったという説もあります。飛鳥時代、朝廷へ掃除に行く係の人が可児に住んでいて、蟹のように歩きながら上手に掃除をして、かに一族と呼ばれていたという説もあります。ちなみに現在の可児という字になったのは約1300年前です。元明天皇の好字令により漢字2文字で良い意味の漢字を使うことになりました。“可”は良いという意味、“児”は小さい命、新しい命を意味します。可能性あふれる子どもたちが生まれるまちということで、素晴らしい名前だと思っています。

―― 都市景観大賞2019で国土交通大臣賞を受賞したという話がありました。どんな点が評価されたのですか?

冨田市長 久々利城という美濃国を治めた守護大名土岐氏の一族である久々利氏の城跡があります。城跡の土地所有者である株式会社パロマがサポートし、地域の人々で構成される元久々利まちづくり委員会と当市による地域住民、行政、企業の協働によって城跡整備が大幅に進展しました。城下町についても、景観保全・景観形成を目的とした街並み整備に力を入れてきました。そうした視点によるまちづくりが評価されて受賞に至りました。

明智荘があった場所に大河ドラマ館を設置

―― 来年は大河ドラマ「麒麟がくる」の放映がスタートし、主人公として描かれる明智光秀の生誕の地ということで注目を集めるという話がありました。こちらについてはいかがですか?

冨田市長 花フェスタ記念公園内に大河ドラマ館が設置されます。花フェスタ記念公園はかつて明智荘という明智一族が治めていた荘園があった場所にあります。「明智城跡」、明智氏歴代の墓所がある「天龍寺」などが近くにあるので、存分に歴史ロマンを感じていただけると思います。大河ドラマ館では、VR体感ゲームで明智光秀と戦えるなど、楽しい仕掛けもたくさん用意する予定です。

泳宮伝説と美濃桃山陶の聖地

―― 歴史という意味で、「泳宮伝説」についても教えてください。

冨田市長 奈良時代に書かれた「日本書紀」の中で、ヤマトタケルの父に当たる景行天皇が美濃国を訪れています。景行天皇はククリ(現在の久々利)に絶世の美女が存在することを耳にしました。その方は八坂入彦命の娘である弟媛だったのですが、気恥ずかしかったのでしょうか、竹林に隠れてしまったそうです。そこで、仮の住まいである泳宮(くくりのみや)に鯉を泳がせました。鯉を見に来た弟媛にプロポーズしたのですが、弟媛は姉の八坂入媛を自分の代わりに妃にすることを勧め、景行天皇は姉の入姫と結婚し七男六女に恵まれ幸せに暮らしたそうです。久々利地区には八坂入彦命の墓と泳宮公園がありますので、縁結びの地として今後PRしていきたいと考えています。

 

―― 美濃桃山陶の聖地についても教えてください。

冨田市長 人間国宝に認定された荒川豊蔵さんが久々利で志野の破片を発見して、自ら窯を作り美濃桃山陶を再現しました。現在も残る牟田洞古窯跡では国宝の志野茶碗「卯花墻(うのはながき)」が焼かれました。荒川豊蔵さんの作品や集めたものを展示する「荒川豊蔵資料館」がありますし、住んでいた家や陶器を作った作業場なども見学することができますので、芸術が生まれたルーツを味わっていただきたいと思います。

 

 

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可児市の情報

面積:87.57km2
人口:10,292人(平成30年4月1日現在)
市の木:クロマツ
市の花:サツキ、バラ

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