関ヶ原町役場

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西脇 康世 町長

関ケ原の戦いの全容がわかる体験型施設が誕生
「岐阜関ケ原古戦場記念館」

関ケ原の戦いを臨場感たっぷりに再現

―― 「岐阜関ケ原古戦場記念館」がオープンしましたが、現在はどのような状況ですか?

西脇町長 コロナ禍でオープンが遅れ、その後もコロナが続いたことから入場制限をしたこともあって、1年間で約10万人、1年半で15万人の来場者に訪れていただいています。途中休館したこともありますし、今年は冬が大変な大雪に見舞われたこともあって、2月・3月はお客様も相当減りました。しかし、記念館の中身については、県の方でどんどん充実してくれています。中部国際空港セントレアで展示されていた動く関ヶ原合戦図屏風の展示や、記念館が買い取った徳川秀忠直筆の手紙の展示もあります。開館当初は、ほぼ複製品でしたが少しずつ中身も充実しています。今後アフターコロナを見据えて、さらにブラッシュアップしていければと思います。

―― 岐阜関ケ原古戦場記念館のみどころについて教えてください。

西脇町長 まず、グラウンド・ビジョンは関ケ原の戦いを上から俯瞰できます。そして、体験型のシアターも見どころです。装置によって椅子が動いたり、風が吹きつけたりして臨場感たっぷりなので、お子さんにも楽しんでいただけます。そして、その興奮のまま展示を見ていただきます。展示については、当時の手紙や武具類、また参陣した武将の石高と兵力などの参考資料も展示しています。また、定期的に企画展も開催していますので、訪れるたびに新たな発見ができると思います。5階にある展望室は360度全面ガラス張りとなっており、現在の関ケ原を一望していただけます。当時の武将たちの位置関係を、非常にわかりやすく、実際にご覧いただくことができます。

―― 滞在時間はどれくらいですか?

西脇町長 じっくり見ていただければ半日は過ごせると思います。企画展の開催状況によっては展示されない場合もありますが、関ケ原とともに世界三大古戦場といわれるワーテルローの戦い、ゲティスバーグの戦いを紹介するコーナーもあって、こちらも興味深い展示となっています。

岐阜県産品と戦国・歴史グッズが購入できる別館

―― 食事はどこでいただけますか?

西脇町長 記念館と隣接する別館で、土産物の販売やレストラン・カフェメニューの提供をしています。「徳川家康 ヒレカツ定食」「石田三成 海老フライ定食」など、武将にちなんだメニューもあって、バラエティに富んでいますので、お好みに合わせて楽しんでいただけると思います。ショップについては関ケ原合戦に関係するグッズがメインになりますが、「関の刃物」「美濃の和紙」「東濃の陶磁器」「飛騨の家具・木工」など岐阜県産品も揃っています。

―― 来年はNHK大河ドラマ「どうする家康」が放映されます。期待も大きいのではないでしょうか?

西脇町長 期間中、どういう企画を開催していくか担当課と検討しているところです。関ケ原の戦いは当町だけでなく大垣城や岐阜城なども関連しますので、関連する地域とも連携しながら盛り上げていくことができたらと考えています。過去にNHK大河ドラマで戦国時代が描かれた際には、やはり多くの人に来ていただいています。以前の「真田丸」のときも、ぐんと観光客が増えました。今回は、まさに家康が主人公です。桶狭間の戦いでどうするのか、長篠の戦いでどうするのか、小牧・長久手の戦いでどうするのか、そして関ケ原の戦いでどうするのか。それぞれの戦いで家康の考え方がどのように取り上げられるのかも楽しみですが、当町にとっても多くの観光客に来ていただけるチャンスですから、大いに期待しているところです。

町民も観光による活性化に高い関心を寄せる

―― 話は戻りますが、岐阜関ケ原古戦場記念館を訪れた後、武将の陣地に立ち寄る方も多いのですか?

西脇町長 歴史ファンの方々は立ち寄るでしょうし、そういった方も一定数いらっしゃると思います。4年前には、家康が最初に陣を開いた桃配山の眺望をよくするために、眺望を妨げている樹木を伐採しました。眺望でいえば、黒田長政が陣を布いた岡山も以前に正面だけ伐採したのですが、「岡山からは笹尾山が見えるはずだ」という指摘をいただき、昨年度伐採して笹尾山が見えるようにしました。また、一昨年には、玉城の赤色立体地図をNHKで取り上げていただきました。奈良大学の千田教授がご自身の説として、城山には陣城があって、秀頼を連れていくつもりだったのではないかと言われました。私も以前登ったことはあったのですが、そういう視点で見ていなかったので、改めて登ってみたら、まっすぐな切岸(土の壁)や、敵の進軍を妨げる堀切の跡もきちんと残っています。関ヶ原合戦図屏風では大谷吉継の陣のすぐ後ろに、吉継ののぼり旗が立っています。個人的な解釈でいえば、吉継は関ケ原の戦いの当日より前は城山の山城にいたのではないか。でも、そこでは戦いができないので、現在陣跡といわれている場所まで出てきたのではないかと勝手に解釈しています。その辺りの研究が進めば、当町の新たな資源として整備したいと考えています。

 


―― 歴史についてかなり詳しいようですが、歴史は好きなのですね。

西脇町長 はい、私自身、元々戦国物が好きです。資料を紐解いて研究するということまではしませんが、戦国時代をテーマにした小説は読み漁りました。今は立花宗茂に興味があります。宗茂は養子として立花家に入って、大内家の出城を守る立場でありながら、島津との戦いでほぼ負けていません。その後、秀吉に見いだされて大内家の家臣でありながら秀吉に取り立てられて大名になりました。関ケ原の戦いでは西軍として、大津城攻めをしていましたので、直接関ケ原には来ていませんが、関ケ原の戦いに西軍が敗れ、立花家は取り潰されました。しかし、後に徳川秀忠に仕え、陸奥棚倉に1万石を与えられて大名として復帰しました。そして大坂冬の陣・夏の陣を経て、再び柳川10万石の大名に返り咲きました。関ケ原の戦いに西軍として参戦した武将の中では、復活した立花宗茂と取り潰されなかった島津義弘だけが旧領を維持した大名でした。

―― 最後になりますが、岐阜関ケ原古戦場記念館がオープンして、町民の意識はどのように変わったでしょうか?

西脇町長 観光のベースができましたので、記念館を活かして、まちの活性化に取り組みたいという意識が高まっていると思います。例えば、記念館から500mほどの場所に「東首塚」という首塚をお祀りしてある史跡があります。記念館から通じる通路を含めた界隈を散策できるようにしてはどうかという町民からの声をいただきましたので、どういった形にしていくのがよいのか今年度調査したいと考えています。

 

関ヶ原町の情報

面積:49.29km2
人口:6,748人(令和3年6月1日)
町の木:すぎ
町の花:うめ

名所・旧跡・観光

関ヶ原古戦場跡
関ヶ原ウォーランド
中山道関ヶ原宿
今須宿
寝物語の里(美濃・近江の国境)
胡麻の郷

隣接する自治体

大垣市|垂井町|揖斐川町

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